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判例が考える「枠づけられた」利益衡量論とは何か?「憲法の地図」著者・大島義則弁護士に聞く

 

大島義則弁護士

「憲法の地図」著者の大島義則弁護士

憲法ほど、勉強がやっかいなものはないだろう。民事、刑事、行政などあらゆる分野の判例が登場し、多くを語らないで結論だけ出すものも、未だに百選に鎮座している。また、論者によって立ち位置が大きく異なり、判例と学説の議論も、噛み合っているとは言い難い。そんな中、ようやく判例を土台にした書籍が登場した。ベストセラー「憲法ガール」の著者、大島義則弁護士の「憲法の地図」(法律文化社)だ。

コンパクトな記述の中に、判例が何を言っているのかを明らかにしていることが特徴だ。また、学説の位置づけも明記し、主張を組み立てる引き出しが、実務家の視点で整理されている。意欲作を送り出し続ける大島弁護士に、「憲法の地図」のコンセプトを聞いた。

法解釈は、「街を歩く」行為に似ている

ーー「憲法の地図」というタイトルの由来を教えてください。

「地図」とはどういうものなのか、この本を作っている時にずいぶん考えていました。「地図」は、現実の土地や街並みとは違うものだけど、記号のような形で対象をデフォルメして、一般化、抽象化したものです。一種の理論化に近いものがありますよね。

憲法学者の長谷部恭男先生の論文の中に、ウィトゲンシュタインの言語ゲーム論を引用しているものがあるのですが、この中で、法解釈を「古い街並み」に喩えている部分が出てきます〔長谷部恭男「比較不能な価値の迷路」(東京大学出版会、2000年)54頁〕。

法解釈とは、「街を歩く」行為に似ています。「街を歩く」際に求められるのは、2つの目線です。1つは、自分が街を歩いて実践する視点、もう1つは街を上から俯瞰する視点です。

法学者は、主に上から街を俯瞰して見る立場、逆に弁護士などの実務家は街を歩く立場にあることが多いと思います。しかし、街を歩くときに、地図を持っているかどうかで、大きな違いが出てくるのではないでしょうか。

実践者だからといって、俯瞰的な視点を全く考えなくていいわけではありません。「木を見て森を見ず」では困るわけで、そこは相互補完的に考えるべきです。今回は、憲法の「条文」と「判例」を素材にしてボトムアップ的に一般化・普遍化した形で地図を書くことを試みました。これが「憲法の地図」のタイトルの由来ですね。

ーー憲法の書籍では珍しく、各テーマの冒頭に条文がきちんと明示されていますね。

憲法では、条文の引用が軽視されている風潮があるように思います。文言解釈に愚直にこだわるのが、実務家の発想です。本書は、条文の文言の中に判例を位置づけていくことで、地図が描かれていくという構造になっています。

マインドマップ作成ソフトFreeMind を用いて作られた「地図」

マインドマップ作成ソフトFreeMind を用いて作られた「地図」

ーー今回は、調査官解説をガイドラインに「地図」を描いている。

ロースクールでも、教授から「調査官解説を読みなさい」って言われたりしますよね。しかし、整理する思考を持たずに読んでしまうと、読んだ瞬間から忘れてしまうのが現実ではないでしょうか。貴重な時間を割いたのに、結果として無駄な勉強になってしまっている気がする。

本書では、肯定するか否定するかはともかくとして、まず判例が何を言っているのかを明らかにしたかった。そのため調査官解説はこうだけど学説はこうだと、対比構造にして整理しています。また判例の引用部分以外のすべての文章が暗記事項になるほどシェイプアップした本を目指しています。これによりシェイプアップされた暗記事項から、有機的に無限の主張反論構造を生み出せる、そんな仕組みの本にしたかったのです。

憲法の地図は、判例を理解することに主眼をおいていますが、判例と主要学説の「距離」を見せる仕組みにもしてあります。これは、主張反論構造を自らの手で作れるようにするための工夫です。

裁判官は、三段階審査論の「サ」の字も知らない?

ーー判例と学説が噛み合っていないため、これまでは勉強すればするほど深みにはまるような印象もありました。

憲法判例は、戦後初期は人権の制約原理としての「公共の福祉」という文言から、形式的な法的三段論法で結論を導いているという状況でした。そのあとは、猿払判決のような合理的関連性の基準や生の利益衡量論ですね。

これに対抗する形で、芦部信喜先生がアメリカから二重の基準論を持ち込み、判例を批判しました。しかし、結局最高裁の考え方が変わることはなく、憲法裁判ではなかなか勝てませんでしたよね。

そこで近年、現れたのが、憲法判例を内在的に読むドイツ流の三段階審査論でした。受験界でも、とても流行していますよね。三段階審査論は、判例の読み方としてもちろんあり得ると思います。ただ、実際に判決を書いている裁判官は、三段階審査の「サ」の字も知らないで書いているのではないかと……。

司法研修所に行くと、「裁判官は、裁判官の書いたもの(書籍、論文等)しか読まない」と言われます。最新学説の三段階審査論を十分に理解して裁判官が判決文を書いているかは、疑問があります。

ーー試験で求められる思考も、土台となるのはあくまで判例ですから、こちらを先に勉強するべきなのは当然ですよね。

もちろん、憲法の基本書や論文を書いている学者の方も、調査官解説も読んでいるはずだとは思います。しかし、既存の本などでは、それには触れず、自分の学説からこういう風に読むべきだということが提示されていることが多い。学説の観点だけから、判例を読んでも、判例が何を言っているのかは明確には分からないのではないでしょうか。

ーー学者の視点を軽視するわけではないですが、いきなり応用の視点から入ることはあまり適切ではないと感じます。

民法など他の科目の世界では、判例を土台に考えていくということはごく当たり前に行われているのです。しかし、憲法学の世界では、どうしてか、調査官解説に沿った解釈を提示すること自体、今までされてこなかった印象がありますね……。

また、学説の思考には他にも疑問な点がありました。闘うべき敵を、弱く描いているように感じていたのです。

現代の憲法判例は、かなり強固になってきている

ーー「弱く描く」というのは具体的にどういうことでしょうか。

アメリカ流にせよ、ドイツ流にせよ、学説が共に敵にしている最高裁像は、生の利益衡量論のような脆弱なものがイメージされているように感じていたのです。現代の憲法判例は、昭和50年以降、かなり進化していて、かつてのような脆弱な理論で成り立っているとはいえないと思います。生の利益衡量論から、「枠づけられた」利益衡量論に進化しているのです。

ーー具体的な条文や判例で考えると?

例えば、憲法21条の領域でいえば、判例は「枠づけ」の方法として、柔軟にアメリカ法起源の違憲審査基準論や二重の基準論を取り込んできました。北方ジャーナル事件では事前抑制禁止の法理を導入しているし、泉佐野市民会館事件では明白かつ現在の危険の基準を導入しています。

学説の批判を吸収して、敵も理論武装をしてきているわけです。本書では、学説が想定しているものより、最高裁という敵は、もう少し強大だということを伝えたかった。

ーー「憲法の地図」が浸透すれば、適切な批判対象を意識することができますから、議論の混乱も避けられそうです。

アメリカ流の違憲審査基準論、ドイツの三段階審査論、そして今回明らかにした、日本の「枠づけられた利益衡量論」が、三すくみの状態になっているということを、まずは理解して欲しい。

これからの法曹は、判例法理や調査官室の見解を正しく理解した上で、アメリカ起源の違憲審査基準論やドイツ起源の三段階審査論との適切な対話を図っていくことが求められると思います。

ーー次回作の構想は、もう決まっていますか?

今回の本では、調査官解説と現在の通説的理解を基準に、「地図」を書いたわけですが、はっきりしないところはどうしても出てきてしまいます。

例えば、憲法14条1項に関するアファーマティブ・アクションの問題などは、学説では重要視されていますし、旧司法試験に出たりもしている。しかし、学説は混迷を極めているし、判例が取り上げていない論点であるため、実務では何も決まっていません。「地図」にしようと思ってもできない部分というものがあるのです。

次の構想は、今回の「地図」を持って、憲法の「迷宮」部分に入っていくというコンセプトです。「憲法の地図」が売れたら、「憲法の迷宮」の具体的な内容を考えていきたいですね。


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